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和気神社

神社のご案内

  • 神社名:和気神社
  • 神社名カナ:ワケジンジャ
  • 鎮座地:〒899-6507 霧島市牧園町宿窪田3986
  • 例祭日:五月六日
  • 通称:
  • 旧社格:県社
  • 神紋:
  • 摂末社:
  • 社宝:清麻呂公木像(高さ約四十五センチ)

御祭神

  • 正一位護王大明神(和気清麻呂公)(ショウイチイゴオウダイミョウジン(ワケノキヨマロコウ))

由緒

清麻呂公は宇佐八幡神託の一件により僧道鏡の皇位継承を阻止したが、神護景雲三年大隅に流された。嘉永六年二十八代藩主島津斉彬公は、大隅日向諸郷巡視の折り犬飼附近に駕を駐め、八田知紀に命じて和気公遺跡を精査し、史実確認の上下中津川犬飼の現在地を公の遺跡地と確認された。滝の下流に縁りの和気湯、腰掛石がある。

明治維新以降清麻呂公の精忠の思想は世に浮上し、公関係遺跡地七ヶ所に記念碑も建ち、皇紀二千六百年を機に神社建立の気運が昂まり、昭和十二年四月地元有志の浄財により和気祠堂が建立された。昭和十四年和気清麻呂公精忠顕彰会が発足し、県議会の議決、県知事の承認を経て、同十七年五月六日県社和気神社創立の件が内務省神祇院より許可され、同十八年二月十一日地鎮祭を執行し建設を進め、大東亜戦争敗戦後の昭和二十一年三月十七日辛うじて鎮祭奉祀した。しかし国の管理を離れ、民心は混乱急変し、社会の関心も地に堕ち、管理不能状態が三十有余年続いて社殿の荒廃は極限に達した。

昭和五十四年四月和気神社復興奉賛会が発足、県下一円に亘り大々的に募金が行われ、会務は順調に進行していたが中断した。同五十七年六月二日、社殿屋根の仮補修が完成、社殿の腐朽により雨漏りが甚だしく桧皮葺をカラートタン葺に応急補修した。神社の窮状観るに忍びずと、昭和六十一年四月十日和気神社崇敬会が地元有志者により発足し、境内整備、管理運営上の絶大な力となって現在に至っている。



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