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勝栗神社

神社のご案内

  • 神社名:勝栗神社
  • 神社名カナ:カチグリジンジャ
  • 鎮座地:〒899-6207 姶良郡湧水町米永441
  • 例祭日:十月十四日
  • 通称:
  • 旧社格:郷社
  • 神紋:菊紋
  • 摂末社:4
  • 社宝:銅鏡四十面(県文化財)

御祭神

  • 仲哀天皇(チュウアイテンノウ)
  • 応神天皇(オウジンテンノウ)
  • 神功皇后(ジングウコウゴウ)

由緒

隼人町の正八幡宮(鹿児島神宮)の社伝によれば、神領の四方に正若宮を建立し、北を栗野八幡として正八幡宮の境界の印とした。建久八年の大隅国図田帳に「栗野院六十四丁正宮領」と記載され、創建の古さを証している。

古くは正若宮八幡社と称し、明治三年六月勝栗神社と改称した。この社名は、島津義弘公が文禄の役の折り「野も山も みな白旗と なりにけり 今宵の宿は 勝栗の宿」と、詠んだ故事に由来すると言われている。

八幡の祭神は、神武天皇が御東征の時、海路の神として祖父彦火火出見命を祀られた事に創まり、やがて神武天皇から仲哀天皇、応神天皇、神功皇后に置き代えられて八幡と呼ぶに至った。本殿正面には菊の御紋があり、社格の高さを誇っている。それ故古来武士の信仰が厚く、領主北原氏、藩主島津氏の社殿再興や寄付の金品多く、中でも銅鏡四十面は昭和二十九年五月二十四日県文化財に指定された。

現在の社殿は明治三十四年、昭和五十三年に修理された。

境内の四社は、四所之宮(祭神・彦火火出見命 玉依姫命 鵜茅葺不合命 豊玉姫命)、武内宮(祭神・武内宿袮)、早風宮・雨宮社(共に祭神不詳)である。

尚、別当寺は蓬莱山梅中寺であったが、その守護神の仁王像(昭和五十二年町文化財指定)だけが鳥居前に現存している。



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