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徳重神社

神社のご案内

  • 神社名:徳重神社
  • 神社名カナ:トクシゲジンジャ
  • 鎮座地:〒899-2502 日置市伊集院町徳重1787
  • 例祭日:十月第四日曜
  • 通称:妙円寺様(メッサア)
  • 旧社格:県社
  • 神紋:丸十
  • 摂末社:0
  • 社宝:

御祭神

  • 精矛巖健雄命(島津義弘公)(クワシホコイヅタケヲノミコト)

神事・芸能

十月第四日曜~妙円寺詣 関ヶ原の合戦で最後まで陣地を死守した義弘公は、残る数百の手勢とともに敵陣を突破して、僅か八十余名となりながら薩摩に帰り着いた。公薨去の後、この武勇を偲び合戦の旧九月十四日に各地より鎧兜に身を固めた郷士達が参拝するようになった。明治維新後も受継がれ、県の三大行事として各種古武道試合・駅伝の行われる中、大勢の参拝者で賑わう。平成五年より参加しやすい日曜に改めた。

◎同日~徳重バラ太鼓踊(県指定文化財) 公が慶長の役の泗川新塞城で明軍二十万を討って快勝した際に使われた大太鼓といい、県内伝承の太鼓踊りの中で最も大きい太鼓(直径1.45メートル)と矢旗(長さ20メートル)を用い、道行き等八つの型からなる。

由緒

伊集院城主長門守忠国の十一子石置真梁禅師は、諸国遍歴の折長門の国主の娘の霊を弔った因縁から、帰藩するとかの国主の請願により、明徳元年妙円大姉の菩提寺として法智山妙円寺を開山した。これが当社の前身である。義弘公は父君貴久公と伊集院壱宇治城で十六歳の時まで過され、深くこの地を愛された。幼少より薩藩の教えの父といわれる日新公の薫陶を受け、生涯五十数度の合戦に明け暮れながら治世愛民に心を尽くし、殖産興業・水利開墾を図り、また神社仏閣を保護復興し、以降の島津家興隆の基礎を築いた。慶長九年、公自ら妙円寺を菩提寺と定め、三百石の寺領を寄進し御自分の木像を安置。元和五年七月十一日薨去。寿八十五。明治二年十一月の廃仏毀釈により徳重神社と改号され現在に至る。


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