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HOME > 神社を探す > 鹿児島地区 > いちき串木野市 > 冠嶽神社

冠嶽神社

神社のご案内

  • 神社名:冠嶽神社
  • 神社名カナ:カンムリダケジンジャ
  • 鎮座地:〒896-0051 いちき串木野市冠嶽13511
  • 例祭日:四月十九日 十一月二十三日
  • 通称:
  • 旧社格:郷社
  • 神紋:菊
  • 摂末社:2
  • 社宝:長柄の銚子(島津家奉納) 古文書

御祭神

  • 櫛御毛野命(クシミケヌノミコト)
  • 大国主命(オオクニヌシノミコト)
  • 豊受大神(トヨウケノオオカミ)

由緒

六世紀半ば、蘇我馬子が熊野三所権現を勧請創建したもので、冠嶽熊野三社と称して、藩主島津家代々尊崇の神社であった。馬子宿祢は、当社の東隣の天台宗興隆寺の建立(住持は阿子丸親王)にも係わったとされ、のち霊山寺、頂峯院と変り、宗派も真言宗となった。平安末期から鎌倉期の霊山寺の寺領は広大なものであったという。文明十、十一年には桂庵禅師も訪れ、漢詩を作っている。江戸期には熊野三所権現と頂峯院(霊山寺)を含め、薩摩国の修験道場の中心として隆盛を極めた。冠嶽山頂峯院は興隆寺として開山以来、明治二年の廃仏毀釈による廃寺まで法燈は六十二代に渡った。その後は冠嶽神社と称し、郷社(市の一宮)に列して県内外の崇敬を集める。

冠嶽の名の由来は、秦の始皇帝の命により、不老不死の薬を求めて紀元二百年頃男女三千人と職人、五穀を伴って日本(蓬莱)に旅立った徐福が、この山に登り冠を捧げてその薬を求めたことによるという。東岳・中岳・西岳など複数の峰からなり、古代より神仏習合の歴史とともに、英彦山との繋がりも語られる山岳信仰の霊山である。

串木野の地名の由来は、当社の御祭神櫛御毛野命によるともいわれる。


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