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益救神社

神社のご案内

  • 神社名:益救神社
  • 神社名カナ:ヤクジンジャ
  • 鎮座地:〒891-4205 熊毛郡屋久島町宮之浦字水洗尻277
  • 例祭日:四月二十九日
  • 通称:
  • 旧社格:県社
  • 神紋:御七の桐
  • 摂末社:0
  • 社宝:久光公直筆社号扁額 檜造神輿 木造唐獅子 黒漆塗金蒔絵太刀二刀他

御祭神

  • 天津日高彦火々出見命(アマツヒコヒコホホデミノミコト)
  • 大山祇命(オオヤマズミノミコト)
  • 木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)
  • 塩土翁命(シオヅチノオキナノミコト)
  • 豊玉彦命(トヨタマヒコノミコト)
  • 豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)
  • 玉依姫命(タマヨリノヒメノミコト)

神事・芸能

除夜(午前十一時四十五分より)~益救神太鼓(ヤク祓)の初打ち

旧一月二十三日~月待祭 前年に住宅を新築した人達が、向こう三年間月の出を待って参拝し、併せて海上安全祈願をする。

四月二十九日~神幸祭

由緒

伝記には創建年代不詳とされているが、延喜式神名帳に「大隅国馭謨郡一座名神小益救神社」と記載され、官社として優遇をうけ、大祭典には朝廷より神饌幣帛料の班幣の儀が行われた由緒ある社である。

屋久島が初めて歴史に現れるのは、三十三代推古天皇二十四年(六一六)、掖玖人が前後して朝廷に貢物を献上した記録からで、更に三十四代舒明天皇元年(六二九)四月、田部連という者を掖玖島へ派遣され、島民の皇化顕著なる御鴻業を垂れ給うと伝えられ、すでに聖徳太子の時代から帝都との交通が行われていた。

一名「救いの宮」とも呼ばれ、また古来より益々救われますようにと願い、また今後もますます救ってくださるお宮だという感謝の思いをこめて「益救」の文字があてられている。

古代以来の伝統をもつ宮として全島民の崇敬をうけ、明治以降も神威ますます盛んに発揚されている。昭和天皇御在位六十年を記念して、社殿の改造・社務所の新築を行った。


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