久満崎神社

- 神社名:久満崎神社
- 神社名カナ:クマサキジンジャ
- 鎮座地:〒899-4316 霧島市国分上小川1686
- 例祭日:九月九日
- 通称:
- 旧社格:村社
- 神紋:
- 摂末社:
- 社宝:
御祭神
- 大山祇命(オオヤマツミノミコト)
由緒
久満崎(隈崎)は国分隼人地方七隈の一つで、熊襲の本城の隼人城(現国分小学校の山上)の山脈続きの鼻先、隈のさきであるから久満崎といった。
その昔久満崎の山上に鎮座し、参詣に便利悪く道路の橋上から拝んだので、その橋を拝田橋と称し付近を拝田といった。これが、今日のお神田となっている。
創建は不詳であるが、昔より毎年旧暦五月二十八日に庚申橋で河神祭を執行していた。この祭典は熊襲人の慰霊祭の意味があるとの伝えがあり、かなり古いようである。室町時代まで国分郷の惣社とされ、神領田三十三町歩を所有していたと記録に見える。慶長九年島津義久公が伊勢神社を隼人城下に遷し惣鎮守の神と崇めたため、この地区(上小川)の産土神となって今日に至る。
元禄八年火災にあい古記録を焼失したが、熊襲伝説を伝え、隼人神を祀るともいう。