枚聞神社
- 神社名:枚聞神社
- 神社名カナ:ヒラキキジンジャ
- 鎮座地:〒899-1925 薩摩川内市網津町4396
- 例祭日:旧八月十五日
- 通称:水手洗宮(ミタライノミヤ)
- 旧社格:村社
- 神紋:
- 摂末社:
- 社宝:
御祭神
- 大日霎貴命(オオヒルメノムチ)
- 天之忍穂耳尊(アメノオシホミミノミコト)
- 天之穂日命(アメノホヒノミコト)
- 天津彦根尊(アマツヒコネノミコト)
- 熊野久須毘命(クマノクスビノミコト)
- 多紀理賣女(タギリヒメ)
- 狭依毘賣命(サヨリビメノミコト)
- 大山日方命(オオヤマヒカタノミコト)
- 大山祇命(オオヤマツミノミコト)
- 羽山祇命(ハヤマツミノミコト)
- 市杵島毘賣命(イチキシマビメノミコト)
- 事代主命(コトシロヌシノミコト)
- 建御名方命(タケミナカタノミコト)
- 事解男命(コトサカオノミコト)
- 速玉男命(ハヤタマノオミコト)
- 伊奘冊命(イザナミノミコト)
- 菅原道真(スガワラノミチザネ)
神事・芸能
二月七日~網津ばら踊り 以前は十五夜に奉納されていたが、平成六年、十五年ぶりに奉納された。豊臣秀吉の朝鮮出兵の時士気を鼓舞するために、太鼓踊り・かね踊りと共に踊られたという。竹で編んだバラに紙を貼り、それを頭上に翳したり叩いたりして踊る。
由緒
寛文七年の勧請と伝え、以来度々改修され、合祀関係の棟札、石塔、別当寺(開花山浄音院神護寺)住職寄進の花瓶、兜等がある。三国名勝図会に、往古開聞宮の神が船よりこの地に上陸し、御手洗いなされたことより「御手洗宮」と称される、とある。
また、防州佐波郡西浦の船北辰丸が川内川河口港を風浪で出航できなかった時、当社に祈念して境内の樫で舵を造り、無事出航できた恩に感謝して寄進した燈篭がある。
明治四十二年八月二十五日無格社菅原神社、厳島神社、山之神社、同年十二月十日無格社熊野神社を合祀した。