鹿児島神社町 KAGOSHIMA SHRINE AGENCY

  • 神社名:南方神社
  • 神社名カナ:ミナミカタジンジャ
  • 鎮座地:〒898-0054 枕崎市鹿篭麓町398
  • 例祭日:十月二十八日
  • 通称:
  • 旧社格:郷社
  • 神紋:左三つ巴
  • 摂末社:4
  • 社宝:

御祭神

  • 建御名方神(タケミナカタノカミ)
  • 八坂刀売神(ヤサカトメノカミ)

神事・芸能

十月二十八日~太鼓踊り(西鹿篭の山下、水流と東鹿篭の瀬戸口、籠原、中村、下園等)・棒踊り(東鹿籠の山口)

由緒

文安元年、島津氏族伊集院ひろ久が、宇敷山(加世田市境)山頂の諏訪社を現在地へ遷した。この時、御神体を山下門の氏子が背負い、途中休憩したと言われる木口屋には、諏訪平、鳥居迫の字名を残している。上社に建御名方命を下社に事代主命を奉祭祀し、諏訪神社と称し、鳥居が二基並立しているのが特色である。明治五年、県から神官本田出羽守が臨検し、事代主命に代えて八坂刀売命を祭らしめ、南方神社と改めた。明治四十二年、大山積神社(昭和二十一年復活)、立神神社、津留神社(熊野権現宮)、木原神社を合祀した。現在の社殿は、本殿が明治六年、拝殿が昭和六年改築のものである。昭和六年の改築は、在京実業家児玉益彦氏の寄贈(五、〇四一円三八銭)により、ほかに氏子の労力奉仕、延べ一、五五〇人を要した。また、大正十四年完成の参道の石段も、児玉氏の寄付金によるものである。

寛永四年喜入忠高公は紀州の淡島神社を境内に勧請した。御祭神の少毘古那神は病気平癒の神様として知られ、遠方からの参拝者もある。総社でもあるので、他に菅原神社、稲荷社、水神社等境内社が多い。南方神社石段の右側には、坊津一乗院の末寺で真言宗の宝寿山神護院満願寺(寺料十七石)があり、諏訪神社の別当寺で領主喜入家の祈願寺でもあったが、廃仏令により廃寺となった。

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